フと気がつけば
小さい秋見つけた
作詞者 サトウハチロー 作曲者 中田 喜直
1 誰(だれ)かさんが 誰かさんが 誰かさんが 見(み)つけた
小(ちい)さい秋(あき) 小さい秋 小さい秋 見つけた
目(め)かくし鬼(おに)さん 手(て)のなる方(ほう)へ
すました お耳(みみ)に かすかにしみた
呼(よ)んでる 口笛(くちぶえ) もずの声(こえ)
小さい秋 小さい秋 小さい秋 見つけた
2 誰かさんが 誰かさんが 誰かさんが 見つけた
小さい秋 小さい秋 小さい秋 見つけた
お部屋(へや)は 北(きた)向(む)き くもりのガラス
うつろな 目(め)の色(いろ) とかしたミルク
わずかな すきから 秋の風(かぜ)
小さい秋 小さい秋 小さい秋 見つけた
3 誰かさんが 誰かさんが 誰かさんが 見つけた
小さい秋 小さい秋 小さい秋 見つけた
むかしの むかしの 風見(かざみ)の 鳥(とり)の
ぼやけた とさかに はぜの葉(は)ひとつ
はぜの葉 あかくて 入日色(いりひいろ)
小さい秋 小さい秋 小さい秋 見つけた
最も好きな唱歌の1つである。今は童謡に分類されるらしい。サトウハチローの童謡は大変多く、
そのほとんどを中田義直に作曲を依頼している。破天荒なその生涯とは裏腹に、彼の童謡の詩は、今は概ね失われた里山の、きめの細かい自然観測に基づく優しい眼差しが感じられるのである。フォーククルセダーズの「悲しくてやりきれない」がサトウハチローの作詞だということを最近知った。
水金地火木土天海・・・ 水金地火木土天海・・・
金魚すくい
浴衣
向日葵
ダリア
花火
鍵屋と並んで江戸の花火を代表したのが玉屋である。玉屋は鍵屋の手代であった清吉が1810年に暖簾分けをし、両国広小路吉川町に店を構えたのが始まりである。
「橋の上、玉や玉やの声ばかりなぜに鍵やといわぬ情なし」という歌が残っているそうで、玉屋の人気が鍵屋をしのいでいたらしいが、1843年、玉屋から失火、半町ほどの町並みを焼くという騒動があり、失火は重罪と定められていた当時、玉屋は闕所(財産没収)、市兵衛は江戸お構い(追放)となってしまい、僅か一代で家名断絶となってしまったということである.
雷
風鈴
台風の名前
http://www.kishou.go.jp/know/typhoon/1-5.html
