Oh! Happy Dayな響きそれはゴージャス・エレガント・雅ときに侘び寂び・リッチそしてハイセンス

ゴージャスでエレガントで雅でときには詫び寂びに通ずるリッチでハイセンスな話題は如何ですか




フと気がつけば

日中はラストスパートに入った蝉の合唱がまだまだ賑やかですが、夜フと気がつくと秋の虫が鳴いている季節が巡ってきました。何虫が鳴いているかまでは残念ながら浅学非才にて分かりかねますが、調べたところ、家の廻りに限っても、オモだったコオロギだけでもエンマコオロギ、クマコウロギ、ミツカドコウロギ、ツヅレサセコウロギ、ハラオカメコウロギ、フタホシコオロギなどが鳴いているそうです。ディズニーアニメで、ピノキオの良心を演ずるコオロギ「ジミークロケット」は英国紳士のシンボル、シルクハットにアンブレラを持って、エレガントに知性を表現し誘惑に負けるピノキオを諭すのに必死でしたね。でも女神が現れる前は、ボロボロの出で立ちでした。
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小さい秋見つけた

小さい秋見つけた

作詞者 サトウハチロー   作曲者 中田 喜直

1 誰(だれ)かさんが 誰かさんが 誰かさんが 見(み)つけた
小(ちい)さい秋(あき) 小さい秋 小さい秋 見つけた
目(め)かくし鬼(おに)さん 手(て)のなる方(ほう)へ
すました お耳(みみ)に かすかにしみた
呼(よ)んでる 口笛(くちぶえ) もずの声(こえ)
小さい秋 小さい秋 小さい秋 見つけた
 
2 誰かさんが 誰かさんが 誰かさんが 見つけた
小さい秋 小さい秋 小さい秋 見つけた
お部屋(へや)は 北(きた)向(む)き くもりのガラス
うつろな 目(め)の色(いろ) とかしたミルク
わずかな すきから 秋の風(かぜ)
小さい秋 小さい秋 小さい秋 見つけた
 
3 誰かさんが 誰かさんが 誰かさんが 見つけた
小さい秋 小さい秋 小さい秋 見つけた
むかしの むかしの 風見(かざみ)の 鳥(とり)の
ぼやけた とさかに はぜの葉(は)ひとつ
はぜの葉 あかくて 入日色(いりひいろ)
小さい秋 小さい秋 小さい秋 見つけた
 

最も好きな唱歌の1つである。今は童謡に分類されるらしい。サトウハチローの童謡は大変多く、
そのほとんどを中田義直に作曲を依頼している。破天荒なその生涯とは裏腹に、彼の童謡の詩は、今は概ね失われた里山の、きめの細かい自然観測に基づく優しい眼差しが感じられるのである。フォーククルセダーズの「悲しくてやりきれない」がサトウハチローの作詞だということを最近知った。
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水金地火木土天海・・・ 水金地火木土天海・・・

冥王星(Pluto)が太陽の惑星から落ちこぼれました。太陽系のいちばん外側を回る惑星のハズでした。247.8年という長い時間をかけて、太陽のまわりを公転しています。発見されたのが1930年ですから、3分の1弱、丁度110度回ったところで惑星の座を失った訳です。観測機器の目覚ましい発展が直径僅か2300キロメートル程しか無いことを明確にしてしまったのです。ディズニーが冥王星に因んでプルートと名付けたワンちゃんも、8年後に到達する冥王星探査機もさぞかし気落ちしていることでしょう。惑星から何の星になったのでしょう。矮小惑星が有力らしいのですが、学会でもっと親しみやすい名前を公募したいとしています。せめてエレガントな名前がつくといいのですが・・・。
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金魚すくい

夜店の金魚すくいは、夏祭りには欠かせない。お金を払うと小さなボールとポイと呼ばれる金魚を掬う道具が手渡されます。ポイは枠に紙が貼られたもので、これで金魚を掬う訳ですが、当然水に浸すとふやけてもろくなり、すぐに破れてしまいます。完全に破れて枠だけになるまでに何匹の金魚を掬ってボールに入れられるか、と言うのがこの遊びのルールです。と言っても、本来は何匹掬おうと、好きなのだけを掬おうと、あるいはポイを破って遊ぼうと別にかまわないのです。失敗して一匹も掬えなくても一匹は持って帰らせてくれる店も良く見かけます。困難な条件が与えられれば、その中であえてどれだけ掬えるか、競いたくなるのが人情というものです。「金魚すくい選手権」はこの部分をスポーツ的に昇華させたものです。これらの金魚は、正式な品種として認められないそうですが、ワキンが品種改良された高級魚ランチュウ(蘭鋳、蘭虫、卵虫)の豪華なものは10万円単位の値が付くということです。
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浴衣

このところ、若い男の子が浴衣を着用しているのを屡々見かけます。浴衣の謂れは、安土桃山時代頃から、湯上りに着て肌の水分を吸い取らせるための「湯帷子」(ゆかたびら)という衣類がひろく用いられるようになり、これが江戸時代に入って庶民の愛好する衣類の一種となったのです。元来が略装の最たるもので、浴衣で出かけられるのは、気取らない場所にかぎり、この格好で人と会うのは、本来は失礼とされております。浴衣はもともと白地の木綿を藍で染抜くのが原則で、柄も大胆なものが多かったのですが、近年では和服を着る唯一の機会が浴衣ということも多くなり、主に若い女性が購買層であることなどから、安価なポリエステルなどを用い、華やかな色合いと柄ものが人気を集めています。
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向日葵

キク科の一年草、北アメリカ原産のヒマワリは夏の季語ですね。英語でもSun Flowerと呼ばれていますが、日本語の由来は、太陽の動きにつれて、その方向を追うように花が回るということからきていると教えられ、観察してみて、太陽を向いていない大きな花の方が多く、不思議に思ったことがありました。実際に太陽を追って回るのは成長段階の若い時期だけであり、つぼみが大きくなり花が形成される頃には成長が止まるため、基本的に東を向いたままほとんど動かないのだそうです。紀元前からインディアンの重要な糧でした。道理で大リーグインディアンズの選手たちが、ヒマワリの種を試合中に食べている訳で・・・。しつれいしました。そんな訳はありません。どこのチームの監督・コーチ・選手みんなでヒマワリの種の殻で、ベンチの床を満たすのに余念がないようです。日本人の我々には、あのペッペ.ペッペと吐き捨てるスタイルは馴染めませんね。
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ダリア

ダリアは夏が似合う花ですね。18世紀にメキシコからスペインにもたらされていらい、長い間をかけて品種改良が行われて、多種多様な、花色、花容の品種が作り出されてきました。アメリカ・ダリア・ソサエティはダリアの花容を16に分類しています。日本には1842年(天保13年)にオランダ人によってもたらされ、花の形がボタンに類似するため、天竺牡丹(テンジクボタン)と呼称されました。
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花火

江戸の夏の風物詩に欠かせないもの、それが花火である。鉄砲伝来とともに花火が日本に伝わったとされる。徳川家康が江戸城内で花火見物をしたと『宮中秘策』という本にある.驚いたことにその直ぐ後、1648年には幕府が隅田川以外での花火の禁止の触れを出したとあり、花火の人気はスザマしかったと伺われる.打ち上げ花火の時「玉や〜、鍵や〜」というかけ声が掛けられるが、その由来を調べてみた.大和国篠原(奈良県五條市)出身の鍵屋初代弥兵衛は、江戸に出て、葦の中に星を入れた玩具花火を売り出し、その後両国横山町に店を構え、「鍵屋」を屋号として代々世襲するようになった。
鍵屋と並んで江戸の花火を代表したのが玉屋である。玉屋は鍵屋の手代であった清吉が1810年に暖簾分けをし、両国広小路吉川町に店を構えたのが始まりである。
「橋の上、玉や玉やの声ばかりなぜに鍵やといわぬ情なし」という歌が残っているそうで、玉屋の人気が鍵屋をしのいでいたらしいが、1843年、玉屋から失火、半町ほどの町並みを焼くという騒動があり、失火は重罪と定められていた当時、玉屋は闕所(財産没収)、市兵衛は江戸お構い(追放)となってしまい、僅か一代で家名断絶となってしまったということである.
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このところ日本全国で雷が猛威をふるっている。雷は、上空と地上の間に電位差が生じた場合に放電により閃光や轟音が引き起こされる現象である。日本の民間信仰や神道では雷神と呼ばれるれっきとした神様である。俵屋宗達の「風神雷神図」を待つまでもなく、雷さまは鬼の様態で虎の皮のふんどしを締め、太鼓(雷鼓)を打ち鳴らして雷を落とす。張り切りすぎて太鼓を落としてしまう雷様も居たらしく、雲の上から落とた太鼓を鉤で釣り上げようとするユーモラスな姿が描かれている大津絵がある。大津絵とは、江戸時代初期の寛永年間(1624-1644)頃から描かれていて、最初、仏画として描かれ、世俗画となり、道歌を伴った絵となってきたものを言う。
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風鈴

暑い夏に、団扇などとともに欠かせない夏の風物詩のひとつが風鈴である。中国唐の時代にふれあう音で吉凶を占ったという「占風鐸」が起源で、日本には遣唐使によって魔除けの「風鐸」の名で伝わったのが、鎌倉時代にいまの「風鈴」となったそうである。鐸と言うからには銅製かと思うが、実は銅製では無く、南部鉄で出来た南部風鈴、高岡風鈴も鉄器であったり、小田原砂張風鈴は上品な白色を売りとする銅と錫の合金であったりする。瀬戸風鈴は当然陶器製である。変わり種としては、備長炭を使った紀州物等が有る。なんといっても風鈴と言えばガラス製の江戸風鈴(別名ビードロ風鈴)がお手頃である。江戸の町では、朝顔やホウズキ、金魚などの行商が美声を響かせ売り歩いていたのだろうが、風鈴売りはチリンチリンと控えめで賑やかな音を担いで売り歩いていた訳だから、売り声は無かったかもの?
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台風の名前

台風7号は大きく曲がって、幸い本州には上陸しませんでした。台風には従来、米国式に女性名を付けていましたが、日本ほか14カ国等が加盟の政府間組織である台風委員会で、平成12年(2000年)から、北西太平洋領域で発生する台風に加盟国などが提案した名前をつけることになりました。第1号はカンボシア語ダムレイ・象で、全部で140個用意されていて、141個目でダムレイに戻ることになっているそうです。日本は星座の日本呼称を提案しています。こちらに詳しく乗っています。
http://www.kishou.go.jp/know/typhoon/1-5.html
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かき氷2

1869年(明治2年)、神奈川県横浜にある馬車道で初めての氷水店が開店しました。この店は日本においてアイスクリームを発祥させた店でもあるそうです。昭和初期に氷削機が普及し、一般化したそうです。今でも良く見かけますが、大きな「氷」の字が書かれた氷旗(と呼ぶそうです)か、「ジリジリ」日照りと「ジージー」セミの合唱の中で、手招くようにハタハタと時折なびいていたむかしが思い出されます。
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かき氷

夏の甲子園が始まった。名物は「かちわり」である。かき氷の歴史は意外と古い。清少納言の『枕草子』に「削り氷にあまづら入れて、あたらしき金鋺(かなまり)に入れたる」とある。金属製の器に氷を刃物で削った削り氷(けずりひ)に蔓草の一種である甘茶蔓(あまちゃづる)・甘葛(あまかづら・あまづら)の甘味のある樹液である露をかけたという意味だそうだが、当時は氷などは超貴重品だったはず。流石はやむことなき姫君は召上がっていたのである。
posted by richsite at 23:49 | Comment(0) | 日記

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